桜ニュータウンのできる前 ~美味しい水のでる井戸があった~

桜ニュータウンのできる前 ~桜ニュータウンには美味しい水のでる井戸があった~

桜ニュータウンに関する記録はなかなか探しても見つけることは難しい。
そんな中、しば楽会の方から、貴重な資料「しば楽会十年のあゆみ」(平成4年10月)をお借りする事が出来た。今から20年近くも以前の資料であるが、こんな記事がこの資料の冒頭に書かれていた。なんとなく、懐かしいような、そして、桜ニュータウンを知る上で何か参考になるのではと思いここに紹介する次第。

桜ニュータウンのできる前

 この街も十四年の年月が過ぎ、すっかり住み良い街になりました。
 私は、この地に生まれ育ち、家が農家だったので、農作業も手伝っていました。あのこんもりとした高い山、傾斜がかった畑、川のように細い田んぼが、こんなに静かな街になろうとは、農家の人達も想像したかったと思います。
 ニュータウンの北の方からこんもりとした山が三つ、南の方に向かって細長く流れるような田んぼでした。この辺りの田は谷津田といい、いたる所に湧水が出ており、直径2M位の深さ不明の井戸が何ヶ所かありました。これが農業用水となり水不足の時も欠かせない資源の一つでした。湧水と言えば、一ヶ所とても美味しい水が湧いていた所があり、現在の場所では、南区の方でした。日照り続きの時でも水は枯れる事なく、農作業をしている時よく喉を潤したものでした。でも高低の差が多い所なので農作業には重労働だったようです。
 又、山には、待つ、クヌギ、ナラの木などが多く、春はワラビ、タラの芽、初夏には田植えを終えた田んぼと山が一面に緑色となり、秋には黄金色の田んぼ、山には、キノコが出ており、一年中を通じて、のどかな風景でした。
 この辺りで採れたキノコは、主に初茸、シメジ類、アミ茸などが多く、中でも千本シメジといってその場所を見つけると、あたり一面に数十本のシメジが出ており、胸がワクワクしたのを覚えています。
 この様な土地も農作業をするには機械作業も出来ないので、時代とともに、荒地が目立ち、約二十年前頃から宅地造成が始まりました。そして、ブルとーザーの音が響き、山は削られ、田畑は平地になり、このような新しい街が出来たのです。(S.S)

(桜タイムスNo.92 11月号)

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